28.記憶の働き

第26回、第27回で語彙やフレーズの話をしました。「どうやったら語彙力を伸ばせますか」「本当に単語を覚えるのが苦手で…」と、学生たちからよく相談を持ち込まれます。「テストに出るんだから、ひたすら覚えなさい」と言ってしまえば身も蓋もないことになってしまうので、「語彙の記憶」について少し考えてみたいと思います。

プロの通訳者として、依頼された仕事をスムーズに行う上で、語彙やフレーズ、文法や構文の知識など、ある程度の「記憶された」情報が必要であることは、このコラムをお読みの皆さんならもうお分かりですよね。新しく学習した語彙などの新規情報を符号化(記銘)し、それを保持(貯蔵)し、必要な時にその情報を検索できなければ通訳の仕事はできません。

人間の記憶は、「短期記憶」(一時的に保存される記憶)と「長期記憶」(長時間保存され、何を覚えているか・どう覚えているかの記憶)に分けて説明されています。長期記憶は、「宣言的記憶(知識)」と「手続き的記憶(知識)」に分類され、「宣言的知識」とは、説明できる知識、つまり「何を覚えているか」にかかわる記憶で、これは「意味記憶」と「エピソード記憶」に分けることができます。

一方、「手続き的知識」とは頭で考えなくても自動的に出来る技能ややり方、つまり「どう覚えているか」に関する記憶のことを言います。通訳者にとっての語彙習得は、この「宣言的知識」が「手続き的知識」となり、自動化できることが理想の姿と言えます。

意識の深いところで情報の処理を行うことを「リハーサル」と言いますが、例えば、目標語彙だけを覚えるのではなく、その目標言語を使って意味のあるセンテンスを自分で考えて書いて覚えることも語彙の定着には効果的です。つまり、その語彙の意味を考え、どのような内容のセンテンスにふさわしい語彙かイメージ化する、といった情報の処理水準を深くする精密的リハーサルを行うことで、長期記憶への定着を図ることができるのです。効果的に語彙を「記憶」するためには、ワーキングメモリにある語彙に、生成効果や精密化リハーサルを行うことで、その語彙を記憶に定着させ、長期記憶へと転送することができます。つまり、新情報をイメージ化して既有知識と関連付ける作業が、語彙の「記憶」に適していることが、学習心理学から判断できます。

また、継続的かつ自立的な語彙の学習において、動機付けも重要な要素となります。デチは教育心理学の観点から、「内発的動機付け」と「外発的動機付け」を提唱しています。「内発的動機付け」とは、学習者の内側から生じるもので、学習すること自体に喜びを感じる動機付けであり、一方、「外発的動機付け」とは、学習者が外側から受ける報酬や賞賛などの利益のために学習しようとするものです。

「内発的動機付け」と「外発的動機付け」のどちらの動機付けが、効果的か判断することは難しいのですが、高い動機付けが維持できれば情意フィルターのレベルは低くなり、同時に、目標言語の社会やその文化を理解し、その一員となって交流したいという気持ちが強くなり、習得が促進されることは間違いありません。

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