5.通訳者は向こう見ず

「将来、通訳者になりたいんですぅ」と相談にくる学生たち。目をキラキラ輝かせるその学生の多くは間違いなく文系の学生。「語学が大好きなんですぅ」という時点で絶対に理系ではないわけですが、実際、通訳者が遭遇する現場は、電子工学、IT産業、原子力、医学など、もともと苦手だから受験勉強では見向きもしなかった科学技術系の現場が多いって知ってました?

今の時代、ある程度英語が出来る人が世の中にゴロゴロいる中、高いお金払ってプロの通訳者を雇わなくても、相手とコミュニケーションを取る人も多く、特に、経済、経営、政治、教育の分野では海外の大学院で修士を収め自分の専門分野での英語運用には問題ない人が多いのです。もちろん文系の世界での通訳もありますが、理系の世界での通訳のほうが発注件数は多いと言えます。

では、文系出身者が圧倒的多数を占める通訳者が、なぜ今まで門外漢であった分野の理系、技術系の通訳ができるのであろうか、いや、というより、高い金払って任せていいのであろうか、という当然な疑問がわいてきますよね。ここで少しだけ種明かしをしましょう。

通訳者は仕事を依頼される度に、これまで自分にとって未知であった分野の知識や専門用語を日本語と英語で(英語通訳者の場合)頭の中にギューギューと詰め込んでいきます。未知の分野はまるでTBSテレビの「クレイジージャーニー」のように何が出てくるのか想像もつかない世界です。足を踏み入れてしまった、つまり、そのお仕事を引き受けた通訳者は不測の事態に備えて準備をしなければなりません。

一般に、自分にとって身近な概念ほど理解しやすく身に付きやすいものなので、どんな「クレイジージャーニー」であってもまずは入門書や百科事典から入り、確実な知識の基礎を作り上げます。図書館に入り浸り徹底的に調べ上げることもあれば、amazonで専門書を買い集め血眼になって読み漁ることをしなければなりません。この「下調べ」をどれだけ手を抜かず真剣に時間をかけて行えるかが、通訳の成否を決めると言っても過言ではないのです。

言い換えれば、この「下調べ」をするのが面倒くさい、本を読むのは苦手、もう無理~なんて思っているようであれば、通訳者には向いていないし、そもそも通訳者になる資格もないということです。通訳能力とは、自ら「クレイジージャーニー」を飲み込んでいく心意気と蛮勇さが必要なのです。

先ほど、通訳者には文系出身者が多いと言いましたが、どんな「クレイジージャーニー」であろうとも、通訳者に常に要求されるのは、「分かりやすく正しく意味を伝えること」ですから、言語運用能力が何よりも必要とされます。依頼される仕事の専門分野の知識や専門用語は、その仕事ごとに気が狂うほど勉強して身に付ければいいわけですが、高度な言語運用能力は一朝一夕で備わるものでは決してありません。これが、ごくごく狭い専門分野だけのエキスパートである理系出身者よりも文系出身者のほうが通訳者の数が多い理由です。

専門分野の知識に関しては、当然ながら専門家には到底かないません。しかし、通訳者は「言語」のセンスではその専門家の上を行っていなければならないのです。若いうちに、ありとあらゆるジャンル物に手を出して読み漁ることが、いずれあなたを助けてくれる力となるのです。

皆さん、読書してます?スマホの狭い画面上の世界だけに生息するのではなく、「クレイジージャーニー」に出かけてみませんか?

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