4.「通訳」と「翻訳」どっちが向いてる

「通訳と翻訳の違いは何ですか」と学生に質問されて、忙しいときは「文字か音か」とだけ答えて足早にその場を離れてしまうわけですが、この「文字か音か」の違いこそが、通訳と翻訳がお互いの袂を分かつ最大の相違であろうと思います。

通訳は「耳」から入る情報を、翻訳は「目」から入る情報を、別の言語に置き換えて適切な訳語を出していくわけですが、翻訳は読み返しができますが、通訳は聞き返しができないということです。もちろん聞き返しもあると思いますが、現場で聞き返してばかりいたら通訳者の力量を疑われること間違いありません。一発勝負の瞬間芸である通訳は、「現場で訳す」ことが仕事になりますが、翻訳は何度も訳を練り直すことができます。「そんなの当たり前でしょー」と言われたらそれまでですが、このオリジナルが「音」であったために、もう消えてしまいたいほどの赤っ恥をかき、英語力を疑われ、何度自暴自棄になったことか。オリジナルが「文字」であったなら絶対にこんな間違いはしなかったのにと何度泣き叫んだことか。

特に英語という言語は現代ではリンガフランカ(異なる言語を使う人達の間で意思伝達手段として使われる言語のこと)となっており、「アンタの発音、もう英語じゃないよね」と頭を抱えたくなるような様々な発音が元気いっぱいに世界中を飛び交っています。先ほど「文字であったなら」と言いましたが、私の大失敗談をひとつご紹介。ある時、英語圏ご出身ではないお客様の通訳をしていて、その方が何度も何度もある単語を発音していたのですが、その単語、何度聞いても「アップルジュース」にしか聞こえない。自動車部品の話をしているのに「なぜリンゴ? え?喉乾いたの?」と、訳が分からず精神的に追い込まれ頭の中で阿波踊りが始まった私。冷静になってよーく聞いてみると、なーんだそーゆーことねーと起死回生したわけですが、私の耳に聞こえた「アップルジュース」とはどんな単語だったと思います?実は、Our producer (我が国の製造業者は…)だったんですね。こんなもん「文字」だったら絶対に間違わないわけですよ。

一方、「通訳」に比べて時間的な余裕がある「翻訳」では、出来上がりの完成度の高さが当然ながら求められます。また、「耳」で聞く通訳は内容理解を優先しますが、翻訳は「目」に飛び込んでくる情報ですので、単に内容だけではなく、その作品が醸し出す雰囲気を考えて、例えば、漢字で表記するか、ひらがなにするか、カタカナにするか、ローマ字にするかなどの言語表現の形式にも気を配らなければなりません。

また、翻訳は素晴らしい訳文を絞り出さないことには仕事が終わりませんし、その訳文は文字として残ってしまいますが、通訳はお互い時間が決まった中での一発芸なので、ウケようがウケまいが、時間になれば仕事は終了しますし、失敗もいつか記憶から消えるもの。消えなかったとしても薄れるもの。次回も通訳者として呼んでもらえるかどうかはわかりませんけどね。

以上のことから、通訳に向いている性格、翻訳に向いている性格と分かれてくるわけですが、このコラムをお読みの皆さんはどちらに向いているんでしょう。「パッとやって終わるんだったら通訳のほうがいいかな」なんて今思ったアナタ、次回のコラムを読んでもう一度考えてみましょうね。

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