16.翻訳者デビュー

翻訳に関するテクニックや知識ばかり頭にたくさん詰め込んでも意味がありません。実際に翻訳作業をすることで、翻訳の何が難しくて大変なのか、経験を積むことが何よりも大切です。これまでの腕試しのつもりで以下の英文を日本語に翻訳してみましょう。ホテルのフロントにある日本文化を紹介しているチラシからの出題です。

Uchiwa
Uchiwa fans keep Japanese people cool in summer, but they also have other benefits ? including helping to create a festival atmosphere. As such, a yukata fabric bearing an uchiwa design conjures feelings of nostalgia and good times.

では実際に学生に訳してもらった日本語を見てみましょう。

「うちわは、夏の間、日本人を涼しくしてくれるものであるが、それ以外にも利点がある。それは、お祭り気分をクリエイトしてくれるのだ。そのようなものとして、うちわデザインをほどこした浴衣は、懐かしい気持ちと良い時代を思い起こさせてくれる」

皆さんはどのような翻訳をしてみましたか?上記の学生の日本語訳をどう思いましたか?この学生が、自分の翻訳の勉強のためだけに上のような日本語訳を作成しているのであれば、まったく問題ありません。しかし、「プロの仕事」として翻訳をしたのであれば、この学生の日本語訳ではお金はもらえませんし、二度と翻訳者としては使ってはもらえないでしょう。ではどこに問題があるのか。

この学生は、英文の構造や文法は正しく理解しています。しかし、日本語独特の美しさをまったく意識していません。「うちわは、夏の間、日本人を涼しくしてくれる」ってかなり違和感ある日本語ですね。これを『暑さをしのぐやさしい風をもたらすうちわは』と訳せる日本語の表現力をもっと身に付けなければなりません。

次に「それ以外にも利点がある」という表現もカチカチな感じがします。『用途はさまざま』と訳したほうが分かりやすいですね。そして「お祭り気分をクリエイトしてくれる」の箇所では、このコラムでも説明しましたカタカナの効果の使い方を間違えています。うちわは日本古来のものですからこのような説明文でカタカナは不要です。ここは『祭事を演出する』と訳してみましょう。

「懐かしい気持ちと良い時代」も英単語の訳としては間違ってはいませんが、ぎこちない日本語です。ここでの feelings of nostalgia and good times は現代のように洋服を着ることが当たり前の時代ではなかった昔の日本人の姿、特に下町あたりの昔の暮らしを指しているわけですから、『市井の人の暮らし』と思い切って訳すことも可能です。

『暑さをしのぐやさしい風をもたらすうちわは、祭事を演出するなど、その用途はさまざま。浴衣柄としても親しまれ、市井の人の暮らしを想起させてくれる』
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