14.日本人のマインド

前回に続き、「良い翻訳」とは何かを考えてみたいと思います。ある小説の中で、女性が、休日にくつろいで読書している夫にむかって、ちょっと休憩したらと声をかけるつもりで、次のセリフを述べます。

”I have made tea for you.”

この英文皆さんならどう訳しますか?これまで幾つか翻訳ポイントをご紹介してきました。「これは妻から夫へのセリフだからIやyouは訳す必要はないな。だから①『お茶を入れました』、いや、夫婦なんだから②『お茶を入れたわ』の訳でどうだろうか」と思った人もいるかもしれません。

①も②もオリジナルの英文の構造を正しく理解した訳にはなっていますが、この「お茶を入れたわ」」という訳が日本人のマインドには合いません。「お茶が入っているわよ」の方が日本語としてしっくりきます。これはどういうことでしょうか。次の二つの日本文で考えてみましょう。

「窓を開けている」 と 「窓が開けてある

まずは、「~ている」の表現から説明します。「~ている」には様々な用法があり、次の5つに分類されます。

1. 進行中の動作(たくさんの車が道路を走っている)

2. 動きの結果の状態(田中さんはメガネをかけている)

3. 元からの状態(私の部屋の窓は東を向いている)

4. 繰り返しの動作(太郎は毎日サッカーをしている)

5. 過去の経験(私は昨年もこの会議に参加している)

次に、「~てある」ですが、基本的な意味は「動きの結果の状態」です。例えば、「ドアが開けてある」は、誰かがドアを開けた、という意味で、人の動作の結果を表しています。「冷蔵庫にカルピスが入れてある。」「テラス席にイスが並べてある。」なども同様に、「入れる」「並べる」といった、対象の変化した結果を残す意味になる動詞を用いて「動きの結果の状態」を表しています。

では、この「動きの結果の状態」を表す「~てある」は、「~ている」で説明した2.「動きの結果の状態」と、どう違うのでしょうか。「窓を開けている」「窓が開けてある」を比べると、同じ動きの結果の状態でも、「窓を開けている」の方は、その背後に、誰かがした行為である、というニュアンスは見えてきませんが、「窓が開けてある」には、誰かが何らかの理由で開けた、というニュアンスが背後にあることが分かります。

この「~ている」と「~てある」の使い分けを日本人であれば無意識に行っています。日本人は、控え目な表現を好む文化を持っていますので、「冷蔵庫にジュースが冷やしてありますよ」と、自分があなたにしてあげた特別な意図であることを述べる言い方よりも「冷蔵庫にジュースが冷えていますよ」の表現を好んで使います。「お風呂が沸いているよ。」「お茶が入っているよ。」「ご飯ができているよ。」も同様に、自分の行いによって生じた結果ですら「~ている」形で表し、行為を行った自分を表現しないことが多いのです。ですから、妻は夫に「お茶が入ってるわよ」と声を掛けるほうが日本語として落ち着くわけなのです。

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